今日は新卒採用セミナー。
内定者として色々とお手伝いするために行ってまいりました。
入社動機やらなにやら150人のまえで発表させられたんですが
あとから「今後の労働市場はどうなっていくと考えますか」という質問をされた。
オイ、お前、明らかに聞く相手間違ってないか?
でもまあしどろもどろに答えたんですがせっかくなのでいままで溜め込んできた本を紹介しながら整理してみようかな、と。
で、まずは結論から。
今後の労働市場は「農奴」型から「ギルド」型に転換するレオ・ヒューバーマンの『資本主義経済の歩み』によると
中世の農奴ってのはイメージほどにはきゅうくつなもんじゃないんですよ。
「奴隷」ってのはほんとに人権無視のとんでもないもんだったんだけど
「農奴」のほうは「土地から引き離して売られることはなかった」。
つまり住む土地や家族、生活は保障されてたんですよ。
ただ生産物から税金を天引きされていただけで。
領主と農奴との関係は、それほど「上下」というものではなく共生的な意味合いが強かった。
ただ強制は「その土地から離れてはならない」
これって戦後の会社と日本人の関係に非常に酷使している。
転勤族は居住は保証され、家族との生活もサポートされてはいるけれど
農奴と同じように「どこで」「どのように」働くかに関しては全く決定権がなかった。
いまでもそんな企業が多いけど。
一方で「ギルド」
それまで「農奴」だった人々は12世紀ごろに「都市」をつくって集住を始める。
もちろん領主は農奴が土地を離れるのなんて許さない。「働け!」ってなもんですよ。
都市はそれらをかくまったわけ。
「都市の空気は人間を自由にする」ってのは
事実上、人間を領主の搾取の天幕から逃させて、「自由」を手に入れさせた。
もちろん無償ではない。
都市で生活するには「ギルド」という「新しい領主」に貢納する必要が出てくる。
そしてギルドの商人たちは領主(当時は主に教会)から身を守るために「国家」を頼るようになる。
お金を「国家」に納めることで、「教会」という搾取者から逃れようとしたわけ。
この商人と国家の結束によって中世以降、教会権力が失墜していくことになるんだけど…
ギルドにおける労働の形は
「技術」を得るために、人々が親方のもとに弟子入りする。
そこでは「どのギルドに入るのか」という「選択」がなされるわけである。
そしてリスタートになるかもしれないが、ギルドを変更することも可能ではあったわけだ。
ギルド労働者は居住や生活の保障を「労働」に含んでいない。
それは自分で用意しなければならないものだ。
労働は純粋に「技術の伝達」という一点に絞られる。
そこでの上下関係は身分的なものよりも戦略的なものである。
より技術をもつものが「教える」側にまわり
たまたま技術の稚拙なものが「教わる」側にまわる。
この関係は固定的ではなく、柔軟なものである。
現在の労働市場においても
会社は人々を「農奴」的に扱おうとする。
しかし「人材派遣」「人材紹介」といった組織横断的なインフラが整えば
人々は「農奴」に甘んじる必要はなくなる。
自らが「選択」のうえで、ギルドとなる会社に組する、ギルド型労働者になる!
これが今後四半世紀の労働市場の展望である!
といいたかったのだが、まあ説明できるわけもなく。
ちなみに人々が都市に流れ込んだ13・14世紀ごろになると
領主たちも「不自由な労働者よりも自由な労働者のほうが『労働効率』が高い」ということに気づき始めた。
そこで固定的な「農奴」でなく「補助労働者」ってのを雇い始めた。賃金で。
彼らは身分は自分で保証し、領主の権限から「自由」である反面、「補助」という地位に甘んじるわけである。
ここらへんの動きはまさに現代の「正規労働者から派遣労働者へ」という展開にかなり近いものがある。
ではそうやって「補助」化していった労働者が自由を得た反面、何を失っていったのか。これが現在のテーマです。歴史ってのは繰り返す。「歴史は後ろ向きの預言者である」ってね。